観劇予定がなくなり、予約していたレストランが臨時休業になり、前売りを買っていた企画展が中止になったゴールデンウィークを彩ってくれた配信の思い出。
5/3 スペシャルver.
またの名を、死。
何度聞いたかわからないこの台詞の後に、しかし望海風斗が出てくるのはこれが初めてで、そんな日が来るとは思っていなかった。実力に不足がないことはわかっていても、『エリザベート』という作品に縁がある人だとは見なされていなかった望海さんがこんな形で宝塚版エリザベートの主役を演る日が来るなんて。出演が発表されたときに、わざわざフルコスチュームではないと明示されていたことも却ってこの確信を強くした。私は外見も含めて——というより望海さんのいわゆる顔ファンだが、トートのヘアメイクとコスチュームが似合う人だとは思っていなかったし、相手役の真彩希帆さんも演じてみたい役にエリザベートではなくクリスティーヌをあげるような方だったから、『エリザベート』は回ってこないと決めつけていたしどこかでそう望んでもいた。だから勝手にFNS歌謡祭やNOW ZOOM ME!!のような感じで楽曲だけを歌ってくれるものだと思っていたのだ。スペシャルver.なんだから他と違ったっていい、そういうエクスキューズなんだ、と。
現れたのは全く妥協のない黄泉の帝王トートだった。この瞬間の高揚感は忘れられない。私の勝手な推察が実は諦めだったと気付かせると同時にそれを超えて、彼女は完璧なトートを作ってきた。生来の硬質で低温の美貌を活かしたモノトーンのヘアメイクと、豪華な衣装。派手な顔立ちに負けないタトゥー風のフェイスペイント。
宝塚の男役ならありえなかった細めの眉のフェミニンさに戸惑い、アイラインではなくシャドウのラメ感を際立たせたアイメイクと下瞼の煌めきに見惚れ、見慣れた赤い口紅より控え目に描かれた、青でも紫でもない黒リップに度肝を抜かれ、ハイライト・シェーディングいらずの鋭い鼻梁に目を奪われた。引きのアングルで見るとフェイスペイントが良い仕事をしているのが分かって、映像ではなく舞台で観られることを考えていたのだろうと思ったりなどして切なくなったものの、横顔の美しさ見るにつけて高解像度でアップを見られることのありがたさを噛みしめたりもした。のちのカーテンコールの挨拶を聞くに緊張で「ガチガチ」だったせいもあるかもしれないが、感情の起伏が少なく歌うときの表情一つとっても得意の激情が表れなかったのが一層端正さを際立たせていて、本来こんなに冷たい貌の人だったのか、と思わされるほどに“死”に入り込んでいたように思う。
作り込まれたトートの風貌がそうさせたのか、歌声は紛うことなき望海さんの圧倒的声量であるにも関わらず、これまで宝塚の舞台で観てきたそれとは違うようにも聞こえた。ただ、この回は2時間半終始瞼のラメを追いかけ続けて芝居と歌を堪能する余裕が全くなく終わってしまったために、カーテンコールでいつもの望海さんだ、と我に返って、それまでの歌声の異質さに気付くような有り様だったので、望海さんのトートの感想らしきものが一切残っていない。
他のキャストでこの日最も印象に残ったのはルキーニの宇月颯さん。望海さんが演じたルキーニへの贔屓目があるにも関わらず、この軽やかでありながら力強く、理知的だが狂気の片鱗を滲ませるルキーニはあまりにも魅力的で、台詞の緩急の巧さや笑い声と歌声の迫力には圧倒された。ロングヘアのまとめ方一つとっても男役の佇まいが活きた格好良さで、役になりきるだけではない宝塚らしい美しさがあったように思う。
また、他のバージョンで、それもご本人に縁の深い組でもルキーニを演じたにも関わらず、二幕冒頭のアドリブシーンではこのスペシャルバージョンとそれを観ているであろう層への気遣いが感じられ、一ファンとしてとてもありがたい気持ちになったことも記しておきたい。
5/4 スペシャルver.
前日の興奮冷めやらぬまま迎えた2日目だったが、少しは歌を含めて作品を見ることができたように思う。
この日は明日海りおさんシシィと鳳真由さんフランツの進化をはっきりと感じることができ、たった一日で役を深めてきたお二人の技量と気概に圧倒された。もはや記憶が定かではないが、初日の声量120%トート回と較べると、シシィの私が踊る時やフランツの最終答弁の掛け合いのバランスが良く、舞台全体としての結束が増していたように思う。
二幕のシシィは天真爛漫で快活だった一幕に比べて静の芝居や歌が多いが、だからこそ求められる繊細さが明日海さんの緻密なお芝居に合っていて、しかし強い望海トートに相対することができる芯のあるシシィだった。短い髪を工夫したヘアスタイルも年を重ねた皇后らしさがあって素敵だったし、だからこそ最後にロングヘアで出てきたときの少女のような姿が際立っていたのではないだろうか。
鳳さんのフランツも姿こそ変わらないものの、年を重ねたことが声の深みで表現されているところにコンサートの醍醐味を感じることができた。若くてハンサムな皇帝そのものの姿と軍服風の衣装は現役の男役と見紛うほどで、優しい声色も相まって同情を禁じえない魅力的なフランツでもあり、余談ながら初見の人にもイケメンと好評だったフランツ。情感たっぷりの夜のボートのデュエット、万感の思いがこもった最終答弁など、他の人物との掛け合いで良さが発揮されるところも含めて、鳳さんらしい新しく素晴らしいフランツだったと思う。
そしてやはり記憶が定かではないが、異形の者の感が強かったトート閣下に人間の感情に近い揺らぎが見えたような気もしたのがこの回だ。特にシシィを見初めた瞬間と幾度となくシシィに拒絶され立ち去っていく横顔に、人が持つ感情を知ってしまった、とでもいうような初々しさが見えて、このまま人になってしまうのではないかという危うさを感じさせられた。歌声にも強弱や緩急が際立って感情の起伏をより思わせたが、それでも人になりきらないのはさすがの演技力と言うべきか。初日同様、極力表情を無くすことで人ならざるものでいることを保っているように見えたが、その中でぎりぎりの振れ幅を行き来しているようなトートだった。
5/5 スペシャルver.
あっという間のスペシャルver.千秋楽にして大千秋楽。画面越しにも気迫が漂ってくるかのような密度の濃さで、たった二日の間にも変化と進化を遂げることがあるのだなと、配信ながら改めて舞台の魅力を実感した。
特に参加三日目にして最終日を迎えたにも関わらず、間違いなく集大成と言える貫禄を見せた夢咲ねねさんのシシィ。愛らしさと美しさは良い意味で初日から変わらず、家庭教師の目を躱す「アデュー」や「暑いったらありゃしない」の少女らしさとエレガントなドレスを着こなすモデルのようなスタイルが絶妙なバランスで同居したシシィだったが、その持ち味が「私だけに」の少女から強く生きる決意が生まれるに至って完璧に調和した瞬間を見た。私に、と歌い上げる直前の緊張感がなく、自然に、しかし強く気高く歌い上げたとき、このエリザベートもまた爆誕したと言っていいのではないか。
異形として生まれ、人間の感情に触れたトートがどう完成するのか。私は今日の「死は逃げ場ではない」という台詞に、このトートの存在のありようが最も表れていたと思う。ここまでほとんど宝塚と望海風斗を忘れて見ていたのだが、この瞬間トートとは結びつかない別人として、今まで舞台上で死した望海風斗の演じた役が浮かび上がってきた。トートは逃げ場ではないとだけ言い放つが、では逃げ場でなければ死は何なのか、その答えは与えられない。望海トートの持つ答えは、彼女が演じてきた役=人間が死に与え見出した意味を超越して、人には理解できないものであるかのように思われる。だからこそあの台詞に絶対に分かり合えない断絶を感じたのだ。それはトートが人間ではなくまた決して人間と分かり合えないことの証左だ。だからこそ、ルキーニに襲われたあと死を受け入れるエリザベートが唯一無二の存在になるのだろう。そして、徹底的に分かり合えないことは、望海さんが得意とする芝居の傾向だ。それに乗じて、今まであまり見る機会のなかったがために私が勝手にらしくないと思い込んでいた、人ならざる者を巧みに演じ切ってしまった。
強い帝王として君臨するトートは歴代のトートへの畏敬ではないかと勝手に推察していたが、カーテンコールの挨拶で自分を盛り立ててくれた人たちのために、と言ったように、ある意味ではトートを演ったことのない自分という人を全て捨てて宝塚のトートという概念になりきったのではないか。温故知新という言葉を贈りたいような、そんな伝統的で新しい一夜の幻のごときトート閣下だった。
心の栄養をたくさん補給させてもらった、スペシャルな3日間でした。