真摯な舞台だった。
マリア・カラスという人間、音楽という芸術、舞台という空間に対する敬意を、皮肉や笑いに逃げずにまっすぐに描き、伝えきった気概にまずは賛辞を贈りたいし、その上でセリフとしてのユーモアや毒、歌唱を交えて退屈を感じさせない構成に仕上げた作品全体としてのバランスの良さに感服した。これだけストレートなメッセージを最初から最後まで(「登場から退場まで」!)打ち出していながら、説教臭さや押しつけがましさがまったくなく内容が素直に頭に入ってくるというのは、たぶん演者のファンであること以上に演出の妙ゆえだったと思う。
真剣である、ということはすごく難しい。真剣であるということは、逃げられず、負けても失敗してもごまかせず、言い訳を許さないということだ。そうなると多くの人は真剣になること自体から逃げるし、真剣にやらない言い訳を探す。実際多くの人かどうかは知らないが、少なくとも私は、トニーのように笑う側の人間だ。だから、マリア・カラス役のセリフを通じて舞台に対する真摯さが語られるとき、その舞台自体が真摯であることに、心を打たれると同時に慚愧の念に駆られたりもする。真摯な作品を作り、評価されることは難しい。そのことから逃げた作品に文句は言うが、その難しさがわからないわけではないので。
本作の場合は題材に適切な媒体や表現方法である、という点も大きなプラスだったと思う。舞台で舞台のことを語る。しかし、舞台は舞台ではなくマスタークラスである。この観客をも巻き込んだ仕掛けはまさに舞台の真骨頂であり、舞台でしかできないことだ。テレビでも映画でもなく舞台に立ち続けてきた人が舞台で演じるマスタークラス。あまりにもまっすぐで端正だった。