ベートーヴェン関連書籍 fff向け

 fffを理解したい音楽素人による本の紹介です。

「ベートーヴェンの生涯」
 ロマン・ロラン著, 片山敏彦訳, 岩波書店, 1965年

 言わずと知れたロマン・ロランの著作。
 少年期よりベートーヴェンに傾倒したロランの思慕と敬愛がありったけに詰め込まれた一冊であり、ベートーヴェンの手紙、日記(写本に拠る)などの本人の言葉とその考察から、彼の目指した音楽とその在り方を窺い知ることができる。
 音楽が人を精神の高みへ連れて行けるか、喜びを歌うとはどういうことか、運命とは彼にとって何なのか、など、ベートーヴェンの生涯を知る助けというよりはfffを解釈するための気付きを多く得られた本だった。
 また、ベートーヴェンが主人公であることを考えるとき、ロランの視点でのナポレオンの偉業との比較はfffのベースになっていると捉えることもできそうでもある。

ボナパルトのどの勝利、アウステルリッツのどの赫々たる日がこの光栄に——かつて『精神』が果し得た最も輝かしい光栄、この超人的努力とこの勝利との光栄に匹敵し得るだろうか?

思うにあらゆる征服の中で、精神による征服ほど貴いものはない。そうして精神の領域の中で、音楽による征服ほど深くかつ遠く及ぶものはない。

 どちらが人々をより遠くへ連れていけるか。どちらが歌うか、勝利のシンフォニー。文筆家の欲目があるにせよ、この問いに対する答えは彼の中では出ているようである。


「《英雄》の世紀」
 樺山紘一, 講談社学術文庫, 2020年

 しばしば激動、混沌、革命といった言葉で表される18世紀末から19世紀にかけてのヨーロッパにおける一時代が、なぜそう呼ばれるに至ったかを大局的に記しており、その時代を生きることを宿命づけられたかのようなベートーヴェンが感じていたであろう世の趨勢を推し量ることができる。西欧史の教養がまったくないので、変転の激しい当時の王家やキリスト教派の覇権争い理解に苦労したが、そのことが却って激動の証左のようでもあり。
 歴史的事象に多くの頁を割いており、偉人といえどたかが「ミュージシャン」であることを改めて認識させられるが、その中で象徴的に現れるベートーヴェンの楽曲は、時代を表しているとも時代が作ったとも、あるいは時代を作ったとも読み取れる。
 もっとも印象に残ったのは文庫版あとがきの以下の文で、これはまさしく私が望海風斗その人に感じていることだったので、引用させて頂く。

ことによると、ベートーヴェンという人は、音楽に人生の起伏を読み取りたくなる芸術家モデルなのかもしれない。

芸術は、あるいは音楽は、ひとりの人生の表現なのだとの推察。


「ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる」
 片山杜秀, 文藝春秋, 2018

 約240ページのうち、ベートーヴェンが登場するのはちょうど半ばの120ページ目あたりから。ただしタイトルのとおり、世界史の中における音楽、とりわけ市民との関係がその起源から分かりやすく説明されており、ベートーヴェンの偉大さが彼の音楽そのものだけではない俯瞰的な視点から理解できる仕組みになっている。

ベートーヴェンは音楽がたやすく現実に負けそうになり、古めかしくなりやすい時代に、最前線で頑張っていたわけです。 〜中略〜 何たる激動、何たる激変。

 恥ずかしながら、私は音楽史どころか世界史もまともに勉強したことがなかったのだが、当時の情勢や音楽のありように思いを馳せつつベートーヴェンが起こした変革の一端を感じ取ることができたように思う。総じてベートーヴェン本人というよりは彼が生きた時代とその偉業を理解するために有用。
 音楽を人に届けるということが社会的営みであった時代は過ぎ去ったが、翻って舞台芸術は、幸か不幸か映像記録技術と通信が発達した今も同じ特性を持ち続けていることを思うと、現代の「市民」たる我々がそれをどのように見做し扱っているかをベートーヴェンの時代と重ねてみることは、無意味とは言い切れないのではないか。
 ロベスピエールの革命政府とその式典のための音楽のついてもわずかにではあるが触れられている。


「ベートーヴェンの真実」
 谷克二, KADOKAWA, 2020

 ベートーヴェンの生涯を一通り記したライトな伝記。この中では親切なベートーヴェン伝と言え、彼が暮らした家や街の景色、補聴器や筆蹟などのカラー写真も豊富。墓標にはシルクロードでも使われていたあのモチーフを見ることができる。
 内容としては、特にベートーヴェンを取り巻く不滅の恋人の候補者たる女性とのエピソードが記述されているほか、エレオノーレ・フォン・ブロイニングとゲルハルト・ヴェーゲラーとの美しい友情、甥カールとの確執、パトロンである貴族たちの支援と称賛など、同時代人との人間関係へのフォーカスが多い。少年時代における父親との関係に端を発する家族なるものへの憧れ、貴族令嬢との実らぬ恋への絶望など、fffでも描かれたベートーヴェンの感情を読み解く一助になった。
 読者が考察や想像を巡らす余地、一般論、筆者の解釈のバランスがよく、なによりベートーヴェンへの愛を感じる良心的な一冊。

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