本当は、ほんの一年前まで当たり前だった、「舞台を上演できたこと」への感謝なんて口にしてほしくなかった。
そんなことは日常だった世界で、ただ自分のことだけに向き合って、考え、感じたであろうことを聞きたかった。公演できただけで幸せなんて思わせないで、たくさんのファンに見送られ、同期に囲まれ、組子全員で舞台に立って、考え得る限りの幸せを与えられる日であってほしかった。それは決して過ぎた望みではないはずだった。一年前までは、ひとり前までは。
とるに足らない新参ファンの私ですらそう思うのだから、それ以上に長く応援してきたファンの方々は、ましてご本人は、どれほど悔しく悲しい思いをしているだろう。なぜ今なのか、なぜここなのか、なぜ自分なのか、問うたことはなかっただろうか。その苦しみを口に出すことを憚って、祈りや励ましに替えざるを得なかったことはなかったのだろうか。
『ONCE UPON A TIME IN AMERICA』、『NOW! ZOOM ME!!』、もちろん『fff』と『シルクロード』。掛け値なしに素晴らしい舞台をみせてもらいながら、そんな煩悶が今日まで心のどこかに残っていた。消えはしないけれど折り合いをつけられると思ったのは、退団者の顔があまりにも晴れ晴れとしていたからだ。そして、望海さんが「幸せ」と言ったからだ。
「会いたい」という言葉には、叶わない願いへの無念が滲んでいる。それでも「幸せ」は嘘ではない。望海風斗という人は、ベートーヴェンがそうであるように、その舞台に彼女の人生を重ねたくなる人だ。だから、ルイが不幸と一緒に歓喜を歌ったように、望海さんは運命を愛して幸せを得た人なのだと思いたい。望海さんの舞台と歌が私たちを幸せにするのは、それができる人だからこそなのだ、と。
不幸は罰ではない、ルイが死まで覚悟した難聴が天上界の戯れの結果でしかないように。
私が不幸だと思った、前例のない千秋楽をやり遂げて続く誰かの道を作った人に、たくさんの敬意とありがとうを捧げます。残る最後の旅路を行く前に、ご卒業おめでとうございました。